ホログからドゥシャンベ
7/20
ホログからドゥシャンベ
熱はおさまるも、喉の痛みが増して、首回りがやけに熱っぽいのですが、ドゥシャンベまでのドライバーは頼んでいるし、移動は車に乗っているだけなので大丈夫でしょう。
シャワーを浴びて、洗濯物を取り込み、荷支度。
しんぺいさんとは今日でお別れです。
1人増え2人増え、また1人減り、そしてもう1人減り。
ホログでは皆んなとあったことにより想像以上に楽しかったです。
特に諭さんはしんぺいさんがお気に入りだったようで、ぜひ日本に帰ったら栃木に遊びに来てほしいと言っていました。
8時にくる予定だったドライバーは7:30には宿に到着してくれました。
みんな慌てて準備です。
そしてまずしんぺいさんが出発。
みんなで再出発を見送りました。
これから私達がきたパミールハイウェイを辿りムルガブへ向かうそうです。
そのあとは中国やモンゴルを抜け、10月に日本への帰国を目指して走るそうです。
さて、私達はドゥシャンベへ。ホログまで連れて来てくれたドライバーは、ドゥシャンベまでの道を知らないのか、友人のドライバーを連れて来てくれました。
そして、バザールあたりで陽気なドクターの乗客を拾い出発しました。
ドクターがスイカをおごってくれました。
ドゥシャンベまでは15〜16時間という長時間移動、それに加えてガッタガッタの道です。
少しでも早く風邪を治すために、ひたすら眠りましたが、頭や肩を何度ぶつけたか。ひどい時はお尻から飛び跳ねるほどの道の悪さ。起きると背中や首の後ろなどぶつけたのか痛いところだらけでした。
陽気なドクターはこっちがなんと言ってるのか理解できていないことも御構い無しにロシア語で話かけてきます。
しおりさんは心を無にして眠りに徹していましたが、隣のふみさんは懸命に笑顔でこたえていました。
そんなふみさんに悲劇が襲ったのは、日が暗くなった頃。
ようやくドュシャンベまで半分というところで止まったレストランでもう一人乗ってきた現地人のお兄さんがいたのですが、そのお兄さんは助手席に座っていました。
そして日が落ちて車の中が暗くなり、私達もしおりさんも陽気なドクターも眠ってしまった頃に
ふみさんに魔の手が。
助手席から後ろに手を伸ばして、、
後ろの席にいたふみさんの足や手を触ってきたそうです。
身体を避けても、リクライニングしてきて、、というしつこさ。
ドライバーはなぜ注意しなかったのか。見えてなかったのでしょうか。
車がパンクして停車した為、耐えかねたふみさんから席を代わってほしいと言われてようやくみんなそのことを知りました。
外国でのセクハラ被害はスリ被害同様に頻繁に聞く話ではありますが、まさか。と思いました。
そのあとは諭さんが席を代わってあげたのですが、後ろでのんびり寝ていたのを本当に申し訳なく感じました。
しかしそれでも気丈に振る舞うふみさんは本当に強いです。
その一件の後すぐ車は気がつくとアスファルトの上を走っていました。そして深夜2時にドュシャンベの町に着きました。
予約していた宿まで送ってもらいました。みんな身体はドロドロ、汗まみれです。シャワーに入ったり、ネットをしたりと、結局みんな寝たのは4時過ぎだったと思います。